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2015.8.31

第五十五回 0葬を読んでみました

こんにちは。

今回は、「0葬を読んでみました」についてお伝えいたします。
2014年1月に発刊され、当時、話題になった本です。
当ブログの読者の方の中には、読まれた方もおられるでしょう。遅ればせながら、筆者も最近になって読みました。

今回は、0葬を読んで思うところを記事にさせていただきます。

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○著者 島田氏について

※0葬に書かれていた内容を記載しておりますので、現在は、この通りではないかもしれません、ご了承下さい。
0葬に書かれている著者である島田氏の経歴は、下記のようになっています。
東京大学大学院博士課程(宗教学)を卒業後、様々な大学や研究機関等で講師や研究員、助教授と言った要職を歴任されています。また、同氏は、宗教学者であり、「葬送の自由をすすめる会会長」となっています。
ここではご紹介いたしませんが、同氏の著書は、宗教やお葬式をテーマにしたものが多数出版されています。

【葬送の自由をすすめる会とは】

葬送の自由をすすめる会はNPO法人となっています。
同会では、自然葬(海や山などへの散骨)をすすめています。
これまでのお通夜やお葬式を行なってお墓に入る、といったことを「不自然」とし、その対義語として「自然葬」としているとのことです。そのため、「葬送の自由をすすめる会」とは、「自然葬をすすめる会」であって、なんでもかんでも自由な葬送をすすめているわけではないようです。

○0葬の概要

今のお葬式事情や一般の方が思っていても口に出しにくいことなど、ざっくばらんに書かれています。その一端として、見出しを下記にご紹介致します。

  • 第1章 人を葬ることは相当に面倒である
  • 第2章 なぜ葬儀や墓はこんなにも厄介になったのか
  • 第3章 生老病死につけこむ資本の論理
  • 第4章 死者が増えるから葬儀で儲けようとする人々が次々とあらわれる
  • 第5章 世間体を気にするがゆえに資本の論理につけこまれる
  • 第6章 仏教式の葬儀は本当に必要なのか
  • 第7章 マイ自然葬、そして究極の0葬へ
  • 第8章 人は死ねばゴミになる

※同書の目次より引用

それぞれの見出しをご覧になってお分かりになると思いますが、同氏の主張は、お葬式やお墓はいらないというものです。もちろん、根拠も無く持論を展開しているというのではなく、様々な数字や歴史、昨今の世相などをきちんと記載した上で、そのように書かれています。

【0葬とは】

タイトルにある「0葬」とは、同書によると、お通夜やお葬式といったものはもちろん無しで、火葬のみ行なうというものです。しかし、これでは、弊社のお別れ葬や直葬となんの違いもありません。この「0葬」は、さらに、お骨も持ち帰らないというのです。そうすれば、お骨がないのでお墓もいらない、散骨の必要もない、ご遺体を燃やせばそれでおしまい、というのです。海外では火葬が始まったとたんに、ご遺族が帰ってしまうことがあるそうで、お骨は火葬場が一定期間預かった後、引き取り手が無ければ処分されることも多いようです。日本では、海外ほど多くないにしろ、同じような方はおられるそうで、昨今では増加傾向にあるそうです。

○筆者見解

ここでは、同書を読んで、筆者が考えたことを記載させていただきます。そのため、同書の概要を示すものではなく、必ずしも同書の感想ということではありません。当ブログをお読みになって、少しでも気になった方は、同書を手にとってお読みになるのとよいでしょう。

【お葬式やお墓にかかる費用について】

同書でも述べられていますが、バブル期では、お葬式にかかる費用の平均が200万円を超えていたといいます。昨今では、百数十万円であることを考えますと、弊社がご提案する家族葬やお別れ葬を中心に、お葬式の費用は下がってきています。
お墓に関して、新たに建てた場合に必要となる費用として、多くの場合、100万円以上かかり、東京都では土地不足から1000万円を上回る費用が必要になるケースもあるようです。
これらの費用を高いと思う方が比較的多いため、お葬式は高額である、死んだ後のお墓に多額のお金をかけるのはどうかと思う、といった世相が醸成されたのだと思います。
お葬式に関しては、弊社のプランを始めとして、直葬や家族葬を取り扱う葬儀社の増加も手伝って、以前は、高いお葬式が一般的であったところに、比較的安いお葬式の選択肢が増えた形になっています。
また、お墓に関しても、昨今では、納骨堂に代表されるように、数十万円で収まるような形態もでています。
筆者としては、こうした状況を歓迎しています。
以前のように、お葬式はかくあるべき、お墓はうん百万円から、というような選択肢のないようなものでなく、消費者がご自身の思想や状況から、様々な選択肢から選べるという状況は、好ましいと考えます。
みんなのお葬式料金プラン

【お寺について】

弊社の葬儀スタッフにご相談いただけましたら、葬儀スタッフから地元の良心的なお寺様をご紹介させていただいております。
以前から言われていたことですが、お布施や戒名料の不透明さや高額であることへの批判がありました。そのことについては、筆者も同じ思いでした。もっと言えば、戒名料なんて、詐欺みたいなものだと思いました。というのも、ありがたみが全く無く、位牌に書いてある戒名の意味が全くわからなかったからです。そのわりに、数十万円を払った記憶があります。また、お布施に関しても、お坊さんが経を唱えるのは当たり前で、医師や弁護士のような仕事でもないのに、お葬式でほんの一時間、もしくは数時間唱えただけで、何万円、何十万円、何百万円ももっていくことなど、まともな値付けじゃないと思っていました。
ここで誤解のないように申し上げておきますが、筆者の感覚でお話しているだけなので、それぞれの金額が妥当かどうかは、人それぞれです。

筆者がそのように思ってしまったのも、お寺と檀家のコミュニケーション不足が原因にあると考えます。
弊社のホームページでもご紹介しておりますが、お寺といいますと、以前は、各地域の大事なコミュニティでした。法事はもちろんのこと、子どものころは読み書きそろばんを習い、成人してからは、様々な悩みの相談に乗ってもらい、亡くなった場合は、過去帳に記録し、その家系を代々受け継いでいくといった役割をお寺がしていました。当然ながら、檀家とお寺とのコミュニケーションは生まれてからずっと続き、自身が亡くなってからも、代々続くものでした。そうした関係であれば、お葬式のときになって、お布施や戒名料に納得がいかないということは少なかったと思います。お布施にどんな意味があるかについては書きませんが、心情としては、今までお世話になったお礼やこれからも見守って欲しいという気持ちがあったことでしょう。また、金額についても、檀家とこのように深く付き合っていれば、事情は十分に分かるので、高い安いなんてことにはなりにくいでしょう。戒名についても、法事などの機会に、お寺の住職さんからその意味を聞き、改めて、必要であると思えることでしょう。昨今では、そうした付き合いがほとんど無いことが多いため、多くの方が、筆者と同様に、お布施や戒名料といったものに不信感を抱くのだと思います。
なぜお葬式に宗教者が必要なのか

昨今では、檀家離れが深刻で、お布施に代表される収入が減ってきていることが問題になっています。無宗教の方が増加し、以前に比べて、お寺に来る方が減っているということは理解できますが、背景には、こうした付き合いをないがしろにしてきたお寺に、大きな問題があると考えます。蛇足ですが、筆者の実家では、法事とお葬式でしか住職に会ったことはありませんでしたし、法事のように、時期のわかっているようなものでも、住職から連絡があるわけではなく、こちらからお願いしていたくらいなので、とても、過去帳に記録してもらい、代々のお付き合いができていたとは思えませんでした。
檀家が少ないにもかかわらず、なんの努力もしないまま、既存の少ない檀家からさらに高額なお布施を掠め取ろうというお寺があるのも事実です。檀家不足の深刻さを訴えるだけでなく、こうした努力もして欲しいと思います。こうした状況でも、積極的に説法の機会を作り、地域から必要とされるお寺があるのも事実です。弊社では、そうしたお寺をご紹介しております。

【0葬というスタイルについて】

前述いたしました、0葬というスタイルについて、画期的なことだと思いました。おおよそ、この世の中にある世間体や思い込みというものを覆しています。
もし、これが世の中に広まったとしたら、葬送についての選択肢が増えますね。お墓の心配が無く、火葬するだけです。手間がかからず、費用も最小限です。これより安くしようと思ったら、もうご遺体を放置するしかありません。合理的で負担も少なく、いいことばかりです。また、お棺の準備や火葬場の予約、お車の手配や役所手続き等、全てご自身で行えば、費用はさらに抑えられます。
しかし、筆者はこの選択をしません。もちろん、みんなのお葬式でもお勧めしません。

【0葬を選ばない理由】

筆者は0葬を選びません。
0葬の批判をしようというのではありません。
筆者は、感情的に割り切れないのです。
現時点で、筆者の両親は健在です。いずれ、寿命を迎えるときが来ます。その時、まるでゴミでも燃やすかのように、炉に入れて、後は知らん顔なんてできません。
また、お墓や位牌がなく、故人の事を偲ぶ場がないことは寂しく思います。

筆者は、「よそはよそ、ウチはウチ」だと思っておりますので、あまり世間体というものを気にした事がありません。筆者自身は名家の出でもなく、お金持ちでもありませんので、葬儀に多額の費用をかけようとは思いません。

でも、葬儀はしたいです。経もあげたいです。
そうしないと、筆者自身の気持ちにけじめがつかないのです。

私たちの祖先は、葬儀を通して、故人を弔うとともに、自身の気持ちの整理もしていたのではないでしょうか。お身内や近しい方が亡くなれば、やはり悲しいものです。しかしながら、いつまでも悲しみを引きずるわけにはいきませんし、ましてや、故人に対して何もしてあげられなかったという後悔は一生ついて回ります。

【お葬式は誰が為?何の為?】

お葬式は故人のために行うのでしょうか?
お葬式は喪主様やご遺族様のために行なうのでしょうか?
お葬式は何の為に行なうのでしょうか?

筆者としては、故人のためでもあり、喪主様、ご遺族様のためでもあると考えております。
故人が考える最期というものがあるのであれば、お葬式はその最期を実現するための集大成でしょう。また、喪主様やご遺族様のためであれば、それは、故人亡き後も生きていかなければならないことに対しての儀式となるでしょう。
そこには、故人の想い、喪主様やご遺族様の想いがあり、現実的には、お葬式にかける費用や演出、宗教者の有無といった条件に落としこまれていきます。
筆者としては、どちらか一方のためではなく、故人を弔い、ご遺族が今後も故人の繋いでくれた絆を大事にして生きていけるように行うのが、お葬式を行なう意味であると考えております。
お葬式で大切にしていること

いかがでしたでしょうか。
今回は、「0葬を読んでみました」について、ご紹介させていただきました。

今後も葬儀のマナーやお葬式に関する様々な事を取り上げてご紹介させていただきますので、よろしくお願いいたします。

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